海老名市上今泉1丁目にあるピアノ教室です。
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ピアノをはじめたきっかけ①

 ピアノをはじめたきっかけは母親からの勧めでした。

 物心ついた時から、
テレビから流れる流行の曲などに合わせて
歌ったり、踊ったりすることが大好きだったようで、
興味があるのかな?と母親は感じたようです。

母親自身もピアノに憧れがあったようで、
実家には母が若いころに自分で購入したヤマハのアップライトピアノがありました。

子どもには、自分がやりたっかった音楽、ピアノを習わせたいと思っていたようです。そんなわけで、

ピアノをやりたかった親と音楽が好きな幼いころの私

 すんなりと、通っていた幼稚園に併設されていたヤマハ音楽教室の幼児コースへ通うこととなりました。
2年弱の短い期間でしたがヤマハ幼児コースには、大変楽しく通わせていただきました。

 ただ、ピアノの個人レッスンを受けていたわけではなかったので、母親からするともう少し、しっかりとマンツーマンレッスンを受けさせたいと思っていたようです。

 そんなこんなで、楽しく通った幼児コースもそろそろ終わりに近づいたころ、先生の勧めでヤマハのジュニア専門コースの試験を受けてみない?とお誘いいただきました。
試験にパスすると、ヤマハのより専門的なカリキュラムを受けられることとなります。
(内容は全く覚えてませんが、その当時は音感のチェックのようなテストでした。)

この試験に合格した私は、小学1年生に上がると同時に晴れて数駅離れたセンターへ通うこととなりました。
けれども小学校に上がってすぐに、双子の妹が産まれたこともあり、母親の付き添いが難しい状況にありました。
母は、小さい子ども一人で電車に乗り、通わせることに大変悩んだそうですが、
幼い私に一人で行くことが通う条件と私に告げたところ、「一人で行く!」と迷うことなく、
答えが返ってきたそうです。(好奇心旺盛な子どもでした)
当の本人は、一人で通うことにワクワクし、楽しく通っていました。
(親は心配してテープレコーダー持参でレッスンに参加していました。)

      音楽を存分に楽しんだ小学生時代

この専門コースでは、作曲を含めたソルフェージュ中心のグループレッスンと、ピアノ技術を習得するためのピアノ個人レッスンの週2日通いました。
しっかりと学んだことで音楽に関する基礎的な技術を身につけられたように思います。
内容は、今思い出してもかなり専門的で難しかったのですが、作曲が楽しくてこのころは将来作曲家のなりたいと夢見ておりました。
作った楽曲を、コンサートで披露させていただいたり、本格的なレコーディングまで体験させていただきました。
このころにしっかりとソルフェージュを学んだことで、
・楽譜を読む能力
(楽譜を見るだけで頭の中で音がイメージ可能に)
・音を聴き取る能力(いわゆる耳コピ)
特に、初見演奏が得意です。おかげで高校、大学でもソルフェージュ関連はとても成績が良かったです。

しかし、専門コースは小学4年生で終わりとなってしまうため、新たに作曲を学ぶクラスを母が探し出し、さらに個人レッスンもイタリアから帰国したばかりの市橋和子先生にご指導いただけることとなりました。市橋先生には、この後高校卒業までご指導いただきました。

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